スタッフアヤノ飛騨高山ウルトラマラソンのレース記録

ownerRWS

1年ぶりの100㎞。

何からまとめようかと迷いながら、これを読む方の知りたいことは何だろう。何を発信したら参考になるのだろう。そんなことを考えながら、進めていきます。

ひとまずは、使ったものを。

★補給食・・・胃腸トラブルが多いため、どうするか悩みましたが、今回はジェルメインで固形物なし。

STCBOOST 3本、NO CRAMP 2本、BCAA 4本:10㎞ごとに1つ。

MAGMA:スタート前1本・20㎞毎に1本・レース後1

・オキシーショット:10ml60㎞以降のしんどいときに1

ENPLUS40㎞以降、手がむくみだした、胃腸が気持ち悪い、ふらつくなどあるときは、1粒をゆっくり舐める。

ALIVAL500mlのお水に1メモリちょっと。40㎞くらいのエイドで落としてしまった。→それに気づいてからは、水をボトルに入れて、ENPLUSをなめる作戦。

それでも、ナトリウムが足りないかもと思い、エイドのアミノバイタルBCAAドリンク・クエン酸コンクをボトルに入れて、乗り切りました。

・ひやしあめ:後半、少し空腹を感じた時にこまめにのんで、カロリー摂取。ただ、欲張りすぎて、水でのばさなかったため、ボトルの口からは飲みづらく、ふたを開けて飲んでた。今度は欲張らず、水でのばして、もっと粘度をサラサラにして使ったほうがいいと思いました。

SPURT:レース後のリカバリー。着替えながら飲むのだから、この日は気持ち悪いし、痛いしで、一気にすべては飲めず、2時間くらいかけて1つを飲みました。

New-HALE

痛くはなるだろうけど、少しでも長く走れるようにという思いを込めて、

腰(Vテープ)・右股関節両サイド(Iテープ30㎝)・右内腿(Iテープ30㎝)・両腿裏(Iテープ30㎝)・左シンスプリント(Iテープ30㎝)・左足の裏(横アーチ:ニーダッシュ)に貼って着地時の安定感が欲しくて、両膝下(ニーダッシュ)にも。

ずっと脚を動かせたのは、New-HALEを貼っていたからだと思います。

今回、どの場所も貼っていておかげでダメージが少ないと感じているのですが、特に効果あるなと感じた瞬間は、下りでのニーダッシュの効果。ブレなくスピードに乗れたのがびっくりでした。

やっぱり、New-HALEはパフォーマンスアップ・サポートしてくれるということを実感できました。

POKKE 2025ver

今回もザックではなく、POKKEにパンパンに入れて走りました。

前回はボトルを300mlにしていましたが、今回、500mlにして、給水の回数は減らし、とばせるエイドはとばして進もう作戦で挑みました。

上記にのせた、補給食はすべてPOKKEに入りました。

POKKEでいつも、500ml入れて練習しているので、重さなどは前々気にならず、いつも通りで走ることができました。また、お昼ごろからは気温も上がってきたので、給水もこまめに摂るようになったので、500mlで正解でした。(もともとこまめに給水を摂るタイプ)

★サングラス:OWL MILS

曇っている時間も長かったですが、やはり紫外線は避けたかったので、日が昇りだしてからはかけて、トンネル以外はかけっぱなしでした。ストレスなくかけ続けられました。

★日焼け止め:Athlete X サンプロテクト50+

顔はもちろん、体にも塗っておいたので、日焼けせずでした。少量でものびて、においもないので、使いやすいし、塗り直ししなくても日焼けしにくいので、塗り直ししない私にはぴったりです笑

★ソックス:R×L ワイルドペーパーソックス

和紙が織り込まれているので、蒸れを感じにくくとにかく快適!基本、普段から、走るときはワイルドペーパーソックスばかりはいてます。

 使ったものはこんな感じです。以下は、ご興味あれば読んでください。

 速報値ですが、第14回飛騨高山ウルトラマラソン100㎞

10:03’40(100㎞総合129位・100㎞女子12位)でした。

2025年の飛騨高山の100㎞は病み上がりで練習不足ということもあり、トラブルなく、楽しんで完走することに重きをおいていました。初めての飛騨高山のコースを堪能した、100㎞でした。

そして、今回はできたらサブ10したい100㎞。1月末でフルが終わって、ウルトラの練習に切り替えていこうと思っていましたが、思うようにいかず。わが子の病気、自分自身の捻挫や体調不良、しっかりと練習が再開できたのは3月の後半からでした。

昨年、とにかく1回でたくさん走ろうと思うことが多く、苦しくない心拍での距離走などを何度か取り入れていました。だけど、結果的に体調管理がうまくできず、免疫力が低下、大きな病院にかかり、血液の数値が元に戻らないとウルトラを走れないという感じでした。

今年はそうなりたくない。体調管理はしっかりしたい。そこを一番大事にしたいと考えた時、いつも通りの練習の流れにしようという結論に達しました。

本来であれば、45月で70㎞とかのロングを最低でもつい1回入れたいところですが、今の生活では、なるべく子どもとの時間を大事にしたいということもあり、その時間もなかなか作ることが難しく、ロング走は1度もやりませんでした。

気持ち的にも、サブ10は無理なんじゃないかな、なんて思っていたりして、3月後半、4月、5月はフルマラソンの時期の練習メニューをそのまま継続してやっていました。

お店のイベントで走った、4月の48㎞が最長距離で、サブ10を目指すためのペースを意識した距離走はやりませんでした。その代わり、継続した練習を心がけ、お店のイベントで、アップダウンのあるコースでのイベントやトレランのイベントなどでアップダウンの練習をさせてもらって、自分の練習でも、スピード練習や不整地でのペース走も怠らず、走っていました。

サブ10に特化した練習はできていないけど、この練習が100㎞でいきるといいなと思いながら、不安を払しょくするように走っていたら、疲労とともに痛いところが増えてきて、だましだまし、走っていました。

6月のレースまでの2週間は疲労抜きに徹して、少しでも痛みがなくなればと思いながら、準備を進めていました。

大丈夫、走れると言い聞かせて、本番に臨みました。

いけるところまで、サブ10できるように走ろうと思って、ave5’30でいけるとこまで。

30㎞過ぎてから、痛めている左脚の痛みが気になりだし、右足のモートン病の症状で足裏が痛みだし、途中でDNFしようかなと考え始めました。とりあえず、いけるところまで。そう言い聞かせて、進みました。前後の近くに人がいないとき、痛すぎるときは、いったっ!とかいいながら、まだいける、とつぶやきながら。中盤、だんだんおなかも気持ち悪くなってきて、なんとか腹筋に力を入れたり、MAGMAを飲んだりして、誤魔化しながら、トイレに駆け込みながら、進みました。10㎞ごとのマットを踏むたびに、どうしよ、次のエイドでやめる?とか考えながら、70㎞過ぎて、もう右脚が取れそうだし、フラットでも走る気起こらないし、DNFしようかなと仲間に弱音を吐きました。だけど、「ここでやめても、すぐ会場にもどれないよ。」って言われて、そうだよね、とりあえず、進もうと思いなおし、歩いたり、走ったり。

もう70㎞過ぎてからの自分の状態では、サブ10は無理で、諦めました。それでも、痛くてやめたかったけど、進み続けたのは、一緒にエントリーしてくれた仲間とアヤノ練でのみなさんとの練習を思い出したからです。いつも、「ラストは一生懸命出し切って走って終わりましょう!」と言って練習しています。それを思い出して、痛くても走れてる、これはまだ走っても大丈夫な範囲の痛みだから、とにかく進もう。一緒に練習してきた皆さんに恥ずかしくない走りをしたい、あと20㎞と思うと、前向きな気持ちも出てきて、痛みに耐えながら進むことができました。

ラスト8㎞くらい?最後にのんだジェルのおかげか、下り基調のおかげか、めちゃくちゃ力が湧いてきて、とにかく1秒でも早くゴールを!と思ってペースを上げて走ることができました。

最後の上り坂、なぜか右のお腹に差込が。痛いと思いながらも、腹筋に力を入れて、止まりたくない、お願い最後まで走らせてと思いながら登り切り、登り切ったら治ったので、ゴール手前で時計を確認したら、10時間4分切れるかもって思って、スパートかけて、ゴールしました。アナウンスで「まだ力が余っています!」って言われたけど、力は全く残っていなくて、ゴール後は足が限界で座り込みました。

ほんとに痛かった!だけど、たぶん、普段の追い込む練習をしていたし、アヤノ練で「最後はしっかり出し切って終わりましょう」って言っているから、それをちゃんと体現したいという気持ちが走りにつながり、自分が70㎞、80㎞のときに予想していたゴールタイムよりはるかに速くゴールすることができました。

 

大阪国際女子マラソンの時同様、記録だけみると、惜しいといわれてしまうのですが、全力を尽くしたので、これが私の実力です。

まだまだ練習も自分の体のメンテナンス力も足りないということです。

今回は、エイドも給水とトイレのみ。DNFしようとしたとき、少し、休憩多めにとってしまいましたが、課題は、後半の下り、腹筋の弱さです。今のところ、もう、来年は走らなくていいかなって思っているけど、また挑戦したいと思ったときは、今回の反省を活かして、練習していけるといいなと思っています。

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